ひびの祝福

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スーパー無敵スター、あるいは大学卒業おめでとう

 わたし、マジやばい。マジ、自己肯定感、ブチ上がってる。自尊心、ダダ上がり。あまりにも自己肯定感と自尊心が満たされすぎてて、いままで毎晩足りない自己肯定感や自尊心を補おうとセルフよしよししてた時間、マジ持て余してる。長い間、いかに自己を肯定し尊重するかについてあれこれ悩んだりしていたので、ほっといても自己、肯定しまくりの尊重しまくり、みたいな状況がはじめてで、重荷が突然ふっと軽くなったみたいで、びっくりしているのだ。毎日3、4時間しか眠れなくてほぼ徹夜でつぎからつぎに課題ばっかりやってた試験期間が、とうとう終わって、突然なんにもすることがなくなってちょっと居心地が悪いような、そんな気持ち。

 高校生のとき、わたしの自己肯定感ちゃんといえば、マジ貧弱の激弱だった。高校に入りたてのころは、『数学ガール』みたいな高校生活を送りたくて、めちゃ勉強をしていて、ガリ勉であった。一日の勉強時間が200分超えてくるとニヤニヤしだして、休日に500分とかできるともうマジ快感、みたいなキモい高校生であったので、当然友だちはいなかった。正直に言うと、いっしょにくっついて教室移動をしたり体育をしたりさせてもらっていた(ほんとうに、させてもらっていた、としか言いようがない)グループはあったのだが、マジで浮いていた。わたしの学校は田舎で唯一の進学校で、医者か教師か公務員の子供が圧倒的マジョリティという異常に治安のいい場所だったので、陰口をたたかれたり馬鹿にされたりといったことは幸いなかったが、なんというか、その生暖かいやさしさのおかげで、最初、なんとなく浮いてることに自分自身あんまり気付けていなかった。しかし、夏の文化祭の準備期間に、とうとう浮きすぎてそのグループからぽぽーんとはみでてしまい、みんな友達同士ときゃっきゃしてるところを、地面から数センチ浮いたまま、ぼんやり見ることしかできないみたいな事態に陥ってしまったのである。文化祭の一日目はみな美容院へ行って浴衣を着つけてくることになっているのだが、そのときばかりはわたしは、「勉強を頑張ったからといって、友達ができるわけではないのだな」と思って心の中で泣いていた。アホである。でも、綺麗に髪もやってもらって浴衣も着せてもらって超マジかわいい自分を、誰にも褒められることなく、そして同じく超かわいいクラスメイトたちの誰のことも褒めることなく、華やいだ雰囲気のなかひとりでいるのは、15歳のわたしにはけっこう堪えたのだ。

 それまでのわたしは、ど田舎だったこともあり、勉強が一番できるというそれだけを自信にしていて、どれだけクラスから浮こうとも、空気が読めずに疎まれようとも、カースト底辺に置かれて軽んじられようとも、でもわたし、賢いし、といってふんぞりかえる性格の悪い子供だったのだが、このとき、なにかがぽきっと折れた。勉強が学校で一番できても、友達もいないし、一緒に笑いあうこともないし、浮いてるし、腫物だし、ぜんぜんいいことないじゃん。そしてわたしはそれ以降まじめに勉強をしなくなった。

 それで勉強をやめてどうなったのかというと、当然のことだが成績がさがった。一番がなかなか取れなくなった。そうするともう大恐慌である。なぜなら、どんだけ友達ができなくても成績いいしとふんぞりかえっていたその成績すらなくなってしまったからである。勉強をやめてから高校を卒業するまでの間、わたしの自己肯定感ちゃんはだからマジ瀕死だった。死んでいた。なんもないじゃんと思った。勉強もできなくて友達もいなくて、でもクラスメイトには友達になりたい人とかぜんぜんいないし(なんという上から目線なのだろうか?)、みんなバカだし、親もわたしの成績にしか興味ない(ように見えていた)し、誰とも話が通じないし、みんなに腫物扱いされるし、わたしは自分の考えていることを一生懸命伝わるように表現してるつもりなのに、わたしがおかしいから伝わらないのかな、わたし、頭おかしいのかな、でもリストカットとかもできないしやっぱり正常なのかな、でも、でも、でも……。自分が自分でいてもいいという自信が皆無だった。周囲をバカにして見下しながら、でも、バカなはずの彼らはすごく楽しそうにしてる、じゃあやっぱり自分の頭のほうがおかしいのかな、と不安になる日々は、地獄だった。いままで、成績がいいからって(そして治安のいい高校だったので)、頭がおかしくてもみんないじめたりせずにそっとしておいてくれた。時には一目置いてくれた。でも、わたしたぶん、いまはなんとか10番からは落ちてないけど、そろそろ落ちそう。ていうか受験も失敗しそう(実際に失敗した。二度も)。そしたらわたしはどうしてクラスで浮いていることに耐えられるだろう?

 しかしそうはいってもやっぱりわたしは賢かったので、高校三年生になるくらいには悩んだ末にある程度の指針ができていた。それはこうである。まず、学校やクラスで勉強が一番に出来る、というようなことをアイデンティティに据えるのはよくないという結論に達した。相対評価だからである。いる学校やクラス、コミュニティによって、容易に変化するようなものをアイデンティティの根底に据えると、コミュニティが変わるたびにものさしが変わって、その都度調整する必要がある。それは結構めんどくさいしもろいと思った。自分の能力にも限界がある。才能っていうものもある。そして、どこにいっても変わらないような、絶対的なものさしを確立するべきだと考えた。ただ、高校生の頃はそれがどんなものさしなのかということは、わからなかった。とりあえず、点数とか順位とかをものさしにするのはやめよう、いやまあ、ちょっといい成績でるとまたふんぞり返りそうにはなるけど、でも、それがよくないということだけは意識しておこう。そこまで考えたところで、わたしは高校を卒業した。自己肯定感ちゃんはでも、やっぱりまだ死んでいた。

 さて受験に華麗に失敗した私は浪人生として予備校に通うことになるのだが、この一年をかけて、点数や順位をものさしにしてすぐに人をバカにしたがる自分をわたしはなんとか諭した。そうして点数や順位というものさしを一度放棄したら、わたしは自分で自分の気持ちを言い当ててしまった。わたし、勉強自体、そんな、あんま、好きじゃないかも!?!??!?!ぜーんぜん、好きじゃない!!!!!なんということだ。でもこれが自分の本音だった。それまで、一応優等生ということでだらしのない生活態度などを先生方に許してもらっていたので、「勉強が嫌い」なんて言えなかったしそんな自分を認められなかった。「勉強嫌~い」なんて頭の悪いバカで生きる価値のないやつのいうことだと固く信じていたが、いや、まてまてまて、勉強が好きな人なら、もっと勉強してるし受験に失敗しないのでは?と考えてはたと気付いた。それに、点数とか順位が低い人をバカ扱いして見下してるの、そんなに楽しくないしなんなら気分が悪くなっちゃうな???そんな自分も好きじゃないな???あれ、もしや、わたし、勉強そんな好きじゃないから、死ぬ気でやったり絶対志望校に受かるぞ!とかっても思えないんじゃない?モチベーションがどうとかじゃなくて、普通に、好きじゃないんじゃない!?みんながいいっていう一番の大学を目指して死ぬ気で努力してそれを達成するというのを、わたし、そんな興味ないんじゃない?どうりで勉強しても友だち出来ないしとか意味わかんないこと言い出して勉強全然しないわけだ!!!わたしは勉強することによって何かを学べたりできるようになることそれ単体のためだけには頑張れないんだ。勉強することで一番になってふんぞり返れたり、みんなに好かれたり、とどのつまりわたしはわたしでいいんだよ、って認めてもらいたかったんだ。勉強はそのための手段でしかなかったんだ。ということを理解していなかったから手段にすらなってなくてひたすら迷走していたんだ。なるほどー!!!!欲しいものを素直に欲しいと言い、そのために素直にやっていればこんなねじれは起こらなったのに……わたしの暗黒の高校生活よ……。うう……。それからわたしのアイデンティティの指針がひとつふえた。それは自分ののぞみに誠実であることである。

 という感じでわたしの自己肯定感ちゃんの死因がとりあえず判明し、そこから必死の救護活動が始まる。とっかかりはつかめていた。つまりわたしは、自分で自分の問題を設定して考えて解決することができる賢い人間であるということをアイデンティティにしたらいいのではなかろうか?そしてそのためには自分ののぞみに嘘をついてはいけないし、誠実でなければならない。それを軸に自己肯定感に水をやり日を当て育ててやればいいのではなかろうか?そしてそれは正しかった。わたしは鳥が空を飛べて魚が水の中を泳げるのと同じように、たぶん自分ののぞみをごまかせないんだろうし、ごまかしてたら「ごまかすな!!!!」っつって精神が病んでわけわかんなくなってSOSでてすぐわかるし、それに解決しようとして考えることをやめられない。それがわたしの得意なことで、努力しなくても意識しなくてもそうあれてしまう、それ以外ではあれない、そういう絶対的な性質なんだろう。

 フレンズによって得意なことは違う。でもじゃあわたしにだけ得意なことは?わたしという人間がいついかなるときも満たしている性質は?それを言い当てることができてよかった。わたしの得意なことは、勉強とかスポーツとか音楽とか美術とか、そういうわかりやすいものじゃなかったから、いままでわからなかったけど、「う~うにゃうにゃ~~~しにたい~~~」と思いながら地獄をのたうち回っていたらひらめいた。わたし、のたうちながらも一応前に進めてるくない!?自分で考えて改善しようとすること、そしてそれを可能にするだけの言語能力がわたしの得意なことなんじゃん?!おお~地獄も悪くねえな!!気付かせてくれてありがとよ!!!あばよ!!!そしてわたしは浪人生活を終え、さほど勉強していなかったのでフツーの私立大学に進学する。

 こうしてわたしの自己肯定感ちゃんはなんとか息を吹き返した。まだまだちいさい芽でしかなかったけど。

 しかし大学に入学してからも地獄は続いた。地獄祭りである。不本意な留学と就の活はとくにひどい地獄だった。つら~~~い!!!なんて地獄の多い人生なんだろう?何の準備もしないで地元をしのぐど田舎での10か月の留学生活、入りたかったゼミが先生のサバティカルでまさかの募集停止、肉食マッチョ人間の集う就の活イベントでの精神大爆発など、地獄地獄アンド地獄である。2週間ひきこもったりとかざらである。ところがどっこい、大学生活もそれなりに地獄だったのだが、わたしの自己肯定感ちゃんはそのなかでもすくすく育っていた。というのもわたしの得意なことは逆境でこそ発揮されるものだからである。つらくてくるしい~なんでだ!?どこがでどころだ!?!?!?ここか!!!ここじゃん!!!!!オラーッ!!!!!というのがわたしの得意なことなので、地獄みを感じるたびに同じことをした。そしてオラーッ!!!!としてた結果、留学先では英語が異常に苦手なわりにがんばって、"You are one of the most gifted students we've ever met."というお褒めの言葉ももらった。一人旅もできた。わたしの得意なことが社会という大いなる他者に通用するかどうかはまだかわからなくて大いに不安だった就の活も、とりあえず終わった。いろんなお姉さんやお兄さんに手伝ってもらいながら、あちこちの選考で落ちまくりはしたものの、行きたいところになんとか行けることになったのである。快挙である。自分の得意なところを戦略的に利用して、社会にもわたしの居場所を認めさせることができた。やった!!!自分のために用意されている椅子を社会の中に何とか見つけ出して座らせてもらったぞ!!!

 そして就の活も終わるとあとは卒業するだけである。感無量。暗黒の高校生活を送っていたころから8年だ。やっとわたしはわたしのことがすごいえらいなと褒めるだけでなく自信をもって胸を張れるようになった。高校生および浪人生の時に達成できなかった、自分ののぞみをちゃんと把握してそのために努力し、結果を出すということができるまでになった。ここまできて、わたしの自己肯定感ちゃんはやっとなんか一人前になってきたような気がする。わたし、いま、だからスーパー無敵スター。あるいは暇な女子大生ニート。バイトに励み遊びまくっている。すこやか!

 張りぼての見栄みたいな第一志望の大学に落ちて、さほど考えずにフツーの私大に進学した。ぜんぜんする気も興味もなかった留学もしなくちゃいけなくなった。でも勉強はおもしろかったし留学していいこともたくさんあった。東京はマジで魔界の激ヤバシティだけど、いろんなひとに会えていろんなところに行けた。死にたくてむなしくて泣いた日、マジ数えきれない。大学、相変わらず出席率半分ちょい。友だち、いない。でも大学で知り合った友達は3人できた。すごい。それでいいじゃん。よかったじゃん。両親にも恵まれて援助もたくさんしてもらえて、たのしかったじゃん。

 とはいえ、働き出したらたぶんまたわたし、絶対、まず間違いなく、地獄だ~って思う日々が、来ると思う。涙がとまらなくて体が重くて死にそうって中で休まず朝から働きに行かなきゃならなくてマジしんどい勘弁してよって日が、絶対、来ると思う。それにこの国、どんどん悪くなってってると思う。東京五輪もたぶんしっちゃかめっちゃかでうんざりどよ~ん、安い給料で買いたたかれるのにもういい加減麻痺してきたぜどよよよ~ん、そんなことばっかりだと思う。でもわたしたちは死ねない。かわいそう。そしてわたしの唯一の特技は地獄をのたうち回ること。だからきっと頑張ってる。頑張れる。っていうか地獄マジやだマジ怒り、なんとかして回避してやるって考えずにはいられないもんだからなんかそれに向かってやってると思う。地獄が来ても。と、すくなくとも今は信じられる。頑張れなくなっててもそれでいい。そのときは長年の夢、自殺でもできるようになってるんじゃないでしょうか。それもまたいい。まあいいじゃん?

 だから今は大学卒業おめでとう。のこり少ない期間たくさん勉強して遊んで学生を満喫してね、ってするぞ!!!するからな!!!!押忍!!!!

『過保護のカホコ』の麦野はじめくんがこわい、あるいは麦野はじめくんへのラブレター

 今期のドラマは『過保護のカホコ』と『ハロー張りネズミ』を楽しみに生きている千代子です。先日放送された『過保護のカホコ』の8話が激ヤバで大混乱しているのでここに思いのたけをつづりたいと思います。

 まず『過保護のカホコ』についてざっとあらすじなどを紹介いたします。これは、超絶過保護に育った女子大生カホコちゃん(お弁当も作ってもらい最寄り駅まで送り迎え、着る服もママに選んでもらい、夜の日課は家族ビデオの鑑賞会)が就職が全然うまくいかないけどママは花嫁修業でもしていい人と結婚したらそれでいいのよ!って言ってくれてるしまあいっかな~のほほ~んとしていたところ、同じ大学の美術科に通う男子学生麦野はじめくんとひょんなことから知り合い、「お前みたいな過保護が日本をだめにするんだよ!」という今まで回りが(特に父)が言いたくても言えなかったことをズバーンと指摘され、自立への道を歩み始める、という話です。母親はマジ筋金入りの過保護、父親はそんな母の言いなり、母方の家族は毎日どったんばったん大騒ぎで純真培養のカホコちゃんどうする!?みたいな感じなんですけど、そんなことよりこの男子学生麦野はじめくんがやばいので麦野はじめくんの話をさせてください。

 麦野はじめくんは、幼いころに父親と死別。その後母一人子一人の貧乏暮らしを続けながらも、絵が好きなはじめくんは、「ピカソを超える画家になってお母さんに楽させてあげるから!」と宣言する何とも生意気でかわいらしい少年としてすくすく育っておりました。しかし、はじめ少年が7歳になるころ、母親が突然失踪。ごめんねという置手紙とおにぎりとともに残されたはじめ少年は施設に預けられることになり、自分を捨てた母親に対し失望したり憎しみや期待を抱いたりしながら、すこしひねくれて育ち、学費は奨学金で賄いながらバイト三昧の夢追う苦学生として頑張っているのでした。親からすべてを与えられ、何不自由なく育ってきて、またそのことをまったく自覚していないカホコちゃんに最初はフツーにムカついていたのですが、純真培養超箱入りお嬢様のカホコちゃんの常識離れした素直さにあてられ、「家族の愛なんて俺はこれっぽっちも信じちゃいねんだ」とのたまっていたのに、「カホコさんを見ていると、この世のいいものを信じてもいいんだと思える」とか言い出してカホコちゃんに惹かれていくのでした。

 というここまではまだいいんですけど問題の8話ですよ!!!!!!!!なにが問題かと言うと「麦野はじめくん病的な善人過ぎる問題」ですよ!!!!!!!!!!

 8話までにもいろいろ「おいお前いい人過ぎて逆にこわいよ!!!!!」案件は大量にあったのですが、この8話はマジもう麦野はじめくんだいすき幸せになってくれ党員としてはブチギレざるをえない。聞いてほんと聞いて!!!

 麦野はじめくんは、世の中甘くないとか、家族だからってだけで一緒にいることが必ずしも幸せとは限らないとか、お金がなくちゃ始まらないとか、嘘とか騙したりとか世の中にはフツーにたくさんあるとか、そういうことを悲しみながらも認めざるを得ないよね、でも泣いてばっかりじゃいられないしこの世で何とか頑張らなくちゃみたいなめっちゃけなげで冷静でありながらもかわいい少年なんですよ。竹内涼真さんの美貌と相まってスーパーキュートボーイなんですけど、誰がいったい嫌いになれようか????っていうくらいなんですけど、8話のお前はサイコパスと言われても仕方ないくらいに負の感情が死んでてやばかったぞ!!!!?!?!?!??!

 まず7話終盤から8話にかけて麦野はじめくんは2回、致命的にひどいことをされてるんですよ。

 まずカホコさんとけんかをしています。7話においてカホコさんは母方の祖母が余命幾ばくも無いことを知り、しっちゃかめっちゃかな親族をなんとか集めていつも通りの誕生パーティーを開こうと奔走します(そして病的な善人の麦野はじめくんは他人の家のめっちゃデリケートな問題にもかかわらず必死なカホコさんをみてなんとか助けようとするのでした。パーティーにも出席する。いいこか!!!!)。しかし集まったはいいものの始まったのは口汚い罵り合いに愚痴の言い合い、誕生パーティーはとても険悪なムードになってしまいました。ばあばもう死んじゃうのにこんな険悪な家族の姿しか見せられないことに怒りと悲しみを募らせ家を飛び出すカホコ、そして追う麦野くん←いいやつ。パーティーがだめならとカホコはばあばに自分のウェディングドレス姿や孫を見せてあげたいと考え、麦野はじめくんの気持ちを度外視して「子供作ろう!!!!」と宣言します。いやいやお互いが愛し合っていて子供が欲しいから結婚したり出産したりするんであって、ばあばを喜ばせたいからってそういうことをするのは本末転倒だろうと(自分の気持ちをないがしろにされていることには怒らず←いいやつ)諭す麦野くん。しかしばあばが死ぬと焦っているカホコちゃんには麦野くんのそんな気持ちがわかりません。「いっとくけど、カホコは、家族が一番大事だから!なにがなんでも家族と一緒にいたいから!!」と、麦野くんという他人の目の前で醜いけんかや言い争いを繰り広げている親族を見てきたばかりなのにかたくなに主張するカホコにさすがの麦野くんもカチンときたのか「家族だからって一緒にいることが必ずしも正しいとは限らないだろ」と反論。そこでなんとカホコは「家族がいない麦野くんにはカホコの気持ちはわからないよ!!」と吐き捨ててしまうのでした。そして彼らは別れることになります。「おれたち合わないよ」「所詮生きてる世界がちがうんだよ!」

 家族がおらず、愛された実感も持てず、ひとりでこの世の中を生きていかなければならないとかなしみやふあんを抱きながらも決意して頑張ってきた麦野はじめくんにこのセリフはあまりにもひどいのではないでしょうか????ひどくない??????カホコが大事にしているものだからって、他人の家の地獄の誕生日パーティーにも出席したし、すねてるカホコの従妹を連れてくるの手伝ったりもしたのに、なんでこんなこと言われなきゃならないの????しかも好きな女の子に?????この子とならこの世の善意や愛を信じられると思った女の子に???????カホコてめえはいま麦野はじめくんを死ぬほど傷つけたんだぞわかってんのか!??!?!?!?とね、わたしは大激怒だったんですよ、麦野くんしあわせになってって、思ったんですよ。

 なのに8話ではちゃんとカホコに謝らせることもなく、なんかいろいろあってうやむやになったのか、「カホコ~~~~~会いたかったよ~~~~~」「別れるなんていうなよ~~~~」「カホコに会えないと思ったら怖かったんだよ~~~~」「カホコがいないと自分がいる世界が嫌になるんだよ~~~~」とか泣きついて結婚する!とか言い出して麦野はじめお前順番がおかしいだろ!!!!!!!!!!!!今すごいお前かわいいけどそれは9割竹内涼真のおかげであって、お前!!!!謝らないカホコもカホコだけど、そこをうやむやにするお前もお前だよ!!!!!カホコは場合によってはいかにあのセリフが麦野はじめという人間を傷つけたのかまったくわかっていないし、ちょっとした売り言葉に買い言葉程度に思ってるぞ!!!!いいのかそれで!?!?!?あんなにいろいろやってあげて譲歩してあげて尽くしてあれだぞ!??!?!怒れ、麦野。キレろ、はじめ。そうじゃなかったらお前の悲しみや怒りや今まで頑張って生きてきたことどうなるの!??!?!?!?!?確かにカホコがいない世界は、善意も愛も信じられなくて暗くて怖くてさみしいかもしれないけど、さみしいからって自分の本当の気持ちないがしろにするなよ!!!!!そこだけは大事にしろよ!!!!!っていうか大事にしてもらわないとわたしがいやだよ!!!!!なぜなら善意も愛も信じられないと絶望すると同時に淡い期待を抱きながら頑張って生きてきた麦野はじめが好きだからだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 そして8話ではもうひとつめっちゃひどいことを麦野はじめくんはされています。それは母親です。彼を捨てた母親と今回なんだかんだあって邂逅することになるのですが、これがまたひどい母親なんですよ聞いてくださいよ。

  麦野はじめくんを7歳で置き去りにした母親、その理由が明かされるのですが、ギャンブル狂の夫と残された借金がストレスで覚せい剤に手を出ししまったという話でした。覚せい剤をどうしてもやめられず、一度はじめ少年と無理心中を試みるも我に返り、このままはじめといてはいけない、とそう思って置いていったとのことでした(ん?????????????)。ふーん。自首し刑務所に入り無事出所するも再び覚せい剤に手を染め、更生施設で過ごしていたはじめ少年の母親は、その施設で運命の出会いを果たし、職員の方と結婚。職員の方には死別した前妻との子がいたため、はじめ少年のことは言い出せなかったそうです(は???????????????)。

 こんな手紙を捨てた息子に残す人間、自分ばかり許されようとしていて小狡いと言ったらないんですが、はじめくんは孤独で愛に期待をしてしまうガラスの少年なのでそんなクソ親にも会いに行くのですね。いざ会いに行ってみたら覚せい剤をやった母親は立派な一軒家でお花にお水なんかをやっているではありませんか。中学生くらいの子供がふたり帰ってきて、にっこにこ笑顔をふりまき、虹が出るわよおなんてくっそくだらないことをやってきゃっきゃしているではありませんか。最低だな!!!!!!!!!はじめくんには何の援助もしないで、それどころかたぶん再婚相手には一切話さず存在を抹殺していい暮らしをしている、そんなのクソ以外の何物でもないじゃないですか。はじめくんここはキレろ!!!頼む!!!!と思ってみていたらですよ、なんとはじめくん、「謝んなよそういうの苦手だから」「幸せにやってるみたいだし?」「この先も幸せじゃなかったら許さねえからなこのやろう」とかいっちゃって?一度も声を荒げることなくなじることな謝らせることなく???爽やかに???その場を立ち去る?????おいこら麦野はじめ!!!!!!!!!!!!目をそらすな!!!!!!お前の母親は、楽をさせてあげたい、自分に気付いてほしいとお前があんなに渇望していた母親はな!!!!お前の存在ごと消し去って幸せになって、そのあとお前が苦労していようとなんっにも、なんっっっっにも助けてくれなかったし助けようとも思わなかったんだぞ!!!!!それだけならまだしも、息子を捨てたこと、覚せい剤をしてしまったこと、そういうことを全部許されたくて、自分を求めているはずの息子に全部おっかぶせて許されようとしている、信念のない弱い人間なんだよ!!!!いいの!?!?そんなふうに幸せ願っていいの!?!?よくないでしょ!?!??!母親に再開して数年後とかならまだしも、会っているまさにそのときにキレて怒らなくていつ怒るの???いままではじめくんの悲しみは?努力は?歯を食いしばって頑張ってひとりで生きてきたことはどうなるの???こんなやつらに、あ、立派にやってんじゃんよかったよかったそんな余裕あるならわたしのこと許してよって、そんなふうに思わせるために頑張ってきたわけじゃないじゃん!!!偉いねすごいねってほめてもらって愛されるために頑張ってきたんじゃん!!!!!!!!!!もおおおおおおおおいままで麦野はじめが頑張ってきたことをそんなうわっつらのうすっぺらな偽善者の言葉で台無しにしないでよ!!!!

 という感じでですね、わたしは怒り心頭でもうひっくり返りながら見ていたんです……。それなのに……巷では「麦野くんかわいい~~~♡幸せじゃないと許さないからなとか言われた~い♡♡」とか「麦野くんよしよしした~い♡カホコうらやましい~♡♡」とか言われてもうその反応もやめて!!!!!そういう自分に都合のいいことを善いものとしてもてはやす人間がいるから、麦野はじめという人間は生まれてしまったんじゃないんですか???怒りたいときやつらいとき、ひどいことをされたときにきちんと怒って相手に気持ちを伝えることをうやむやにする少年になってしまったんじゃないんですか???麦野はじめくんは世界に対して絶望していて冷めているけど、でもやっぱり愛されたいし善いものを信じたい、そんな素直な少年だったばっかりに、本当はみんなに好かれたかったばっかりに、こんな、こんな過剰で病的な善人になってしまったんじゃないんですか????もうわたしにはわかりましたよ、こんなに麦野はじめくんが異常な善人になってしまったのは、みなさんのせいですよ。自分に都合のいいかわいい生き物をもてはやすから、それをすべて織り込み済みで麦野はじめくんはあんな、あんなふうに自分の気持ちを無視してうすっぺらで耳障りのいい言葉をきれいな顔で言うようになってしまったんじゃないんですか???

 麦野はじめくん、お願いだ、いつでもどんなときでも正しくて善くて周りの人間にとって都合のいい人間になんかならないで!!!!おっことぬしになんかならないで!!!!っていうかおっことぬしになるくらい怒れよ!!!!!なれよ!!!!

 

麦野はじめくん、君が怒らなかったぶんだけこうしていま、わたしは怒っている。君がブチギレるその日まで、何度でもわたしは怒ります。それがわたしの愛だ!!!!!!!あと2話、目を血走らせながら観させてもらう!!!!!!!!!!!

じゃあな!!!!!!

低用量ピルを飲んで三ヶ月たったよ

 千代子です。もう春ですね。あったかいですね。実家は雪深い田舎だったのですが、この時期になると、雪が溶けてアスファルトが顔を出し、陽の光で乾いてゆく匂いが漂っていたのを思い出します。ので、乾いたアスファルトの砂っぽいような、埃っぽいような匂いが鼻をかすめるたびに切ない気持ちになります。エモ。

 さて今回は低用量ピルについて書きます。避妊目的というイメージが強い方もいる思いますが、わたしは月経前症候群PMSのとくに精神面の不安定さ(とにかく死にたい)をどうにかしたくて前々からピルが気になってました。飲もう飲もうと思っていてやっとこさ(精神が不安定すぎてなかなか病院に行けなかった)一月から飲み始め、いまは4シート目(4ヶ月目)に突入しまして、だいぶ慣れてきましたので、ピルを飲んでの所感をつらつらと書いていきます。PMS対策としてピルを検討している方などに参考にして頂ければと思います。ではいくぞ!

1:処方編

 まずピルをどこで手に入れるのかという話なのですけど、病院で処方してもらうか、インターネットで個人輸入というおもに二つがあります。ピルには婦人系のがんの一部(乳がん、子宮頸がん)のリスクを高め、また血栓症のリスクもありますので、いちど病院で血液検査をしてから処方してもらったほうが安心だと思います。わたしがかかっている病院は、そもそもピルの処方には血液検査が必須だったので受けました。異常はなかったですが、血縁者に乳がんを患ったものがいるので、そっちの検査も受けないといけないなと思っています……(が受けていない……30歳前後になると自治体で安く検査できるので……ちょっと……見送っている……)。はい。検査後はふつうの薬局みたいに、お金持って行って薬くださいって言うとくれます。楽ちん。ちなみに種類によっても違うのですが、1ヶ月分1シートで2000円前後します。先にあげたインターネットなどを通じての個人輸入では半額くらいで買えたりしますので、慣れてきたら個人輸入したほうがいいのかしら~と思います。つき2000円地味にくるので……半額はありがたいよね……。という感じでピルは入手できます。

2:飲み始め編

 ということでピルが手に入ったので飲み始めます。生理一日目から1シート目を飲み始め(なので生理が終わったタイミングでピルを貰いに行って備えよう!」)、一日一錠、決まった時刻に飲みます。とはいえ一分一秒ずれてはいけないというシビアなものではなく、4、5時間程度の前後はあまり影響がないようです(1か月につき1度までなら飲み忘れをしても調整が可能)。わたしは午後8時を目安に前後2時間の幅で毎日飲んでいます。出先で帰りが遅くなったときに飲み忘れかけたことがあるので、以後はチャック付きのビニル袋に入れて、パスケースと一緒に持ち歩いています。

 飲み始めの月は、最初の3週間はとても調子がよかったです。ホルモンバランスの変化の影響でいつもより生理がだらだらと続きそれはまあ不快ではありましたが、精神的に安定して、朝に起き、朝食をとり、活動できるようになりました。飲む前は、このようにまともに活動できる日は月に3、4日あればいいほうで、それもかなり過集中気味でほとんど寝ないで動き回っていたため、それ以外泥のように死んでいました。3日連続で朝起きてご飯を食べて昼活動するというのがまともにできたことがありませんでしたが、ピルを飲み始めてからは安定して過ごせるようになりました。すごーい!!!ピルすごーい!!!とめちゃくちゃ感動していました。

 が、4週目の休薬期間に入ると(ピルは1ヶ月単位で3週間飲み、1週間休薬します。休薬すると1、2日遅れて生理が来ます)、ものすごくものすごく頭が痛くなりました。もともと低気圧で天気が悪い時には頭がじんじん痛くなることが多かったのですが、それと同じかそれ以上の、なんともいえないむかむかを伴った頭痛が3、4日ありました。ピルを飲み始める前の生理前と同等かそれ異常の胃のむかつき、頭痛、だるさがあり、それまでが快調だっただけにすごくしんどかったです。身体がなれるのに、飲み始めてから1、2ヶ月かかるという話を先生から聞いていたので、しかたがないしかたがないと、今までがんばれてたし!とあまり気に病みすぎることなく存分に死んでいました。

3:身体が慣れてきた編(効用編)

 2ヶ月目も1ヶ月目と同じく、休薬期間にしんどみはあったものの、それ以外は比較的活動的に過ごしていました。3ヶ月目になると休薬期間の頭痛や胃のむかつきといった症状もほとんどなくなりました。そこで、ピルを飲んで慣れてきてわかった、効用について私個人の感想にしか過ぎませんが、つらつら挙げていきます。

生理面

経血の量、生理痛が減った(以前は生理1、2日目は痛み止めが必要でしたが、痛み止めが必要なほど痛むことがなくなった)

生理期間が短くなった(7日前後だったものが5日前後に)

避妊面

・ピルを飲むと排卵しなくなるため、避妊効果が高い。避妊具と合わせて避妊効果がより高まったことで、かなり安心してセックスができる(女子なら「妊娠してしまったかもしれない……」という不安に誰しも一度や二度は襲われたことがあるはずだ!!!それがなくなるよ)。たのしいセックスができる!!!

精神面

・気持ちが変に急くことがなくなり、落ち着きなく動き回ることがなくなった(以前は、たとえば部屋が汚いだけで、掃除しなきゃ・片付けなきゃとプレッシャーを感じ、しかしその割に気力がなくて実行できず、さらに気持ちが追い詰められるといったことが頻発していた。ピルを飲んでからは、自分の作業スペースがきれいだったら、まわりや台所が汚れていても、今やる作業を終えてから綺麗にしたらいいや、完璧じゃなくてもいいや、と気にならなくなった)

・朝、朝食を食べられるようになった(以前はでかけるぎりぎりまで寝ており、ご飯を食べる暇がなかったので即行で風呂・ドライヤー・化粧・着替え、部屋はちらかしっぱなしといった状態で家を出ていた。ピルを飲んでからは、朝余裕が持てることもでてきて、ホットケーキかトーストにスクランブルエッグ、ウインナーといった程度の朝食を準備して食べられることが増えた)

・帰宅後、コートをハンガーにかけ、服を洗濯機にいれられるようになった(以前はまず外にいる時点でものすごくつらい気持ちで、傍から見たら怒ってるみたいな早足で歩いて帰宅、やっと家だ、やっと帰った、と泣きそうな気持ちで靴も脱ぎ散らかし、コートは椅子に投げ捨て、着ていた服は廊下からベッドまで脱ぎ散らかしていた。帰宅してすぐに布団に入り、そのまま寝ることしかできなかった。ピルを飲んでからは、そんな必死でつらい気持ちで家に帰ってくることがなくなり、靴もちゃんと揃えて脱いで、コートもハンガーにかけてクロゼットにしまい、服もネットに入れるものは入れて洗濯機へ入れられるようになった。パジャマに着替えて手を洗って、飲み物を用意して作業することができるようになった)

・一日中勉強する、というのを4、5日連続でできるようになった(以前は一日中勉強するというのがまずできなかった。よって2日以上勉強するというのもできなかった)

 

 ピルすごい。すごい!!!なんでもっと早く飲まなかったんだろう。もっともっと早く飲んでたら……と思わずにはいられません。わたしはすごいめっちゃ死にたくて、高校生の頃から暗黒の日々を送ってきていて、まあその死にたさが一掃されるわけではないのですが、死にたくて死にたくてもう何もかもだめ、もう無理、みたいなズーンという気持ちになることが減ったとは思います。以前はつらい:つらくない比率が3:1くらいだったのですが、ちょうど逆(つらい:つらくない=1:3)位にはなったように思います。言いすぎかな……。でもつらくないのがレアだったころに比べたら、どっちもどっちかなくらいには確実になってきているので、改善していると思います。死にたい気持ちやめんどくさい気持ちはゼロにはなりませんでしたが、意味わかんないくらい気持ちが焦っていてもたってもいられなくて落ち着かなくて脅迫的な気持ち、みたいなのは限りなくゼロになったと思います。イエイ。

 

 という感じでピルを飲んでの所感です!!!人間っぽく生活できる時間が増えたなあよかったよかったという気持ちです。気分の波が1ヶ月単位な気がする、生理前は地獄、生理後には躁状態かと思うくらい活動的になる(わたし)といった特徴があって困っている人は試してみていいと思います!!!

それではよきピルライフを!!!!

 

おいしいたべものと思い出

 千代子だよ!がっこうはいまはお休みですが、勉強しなくちゃならないことも山積みだし、済ませないといけない事務的なあれそれも多くてこころが急く毎日だよ。きょうはなんだか眠れないので、去年の5月に帰国してから行ったたべものやさんのなかで、おいしかったのとその時の思い出が印象深かったものをいくつか紹介するよ。はんぶん食べログではんぶん日記みたいな内容です。だから、完全なる食べログを期待しているひとにはちょっと冗長でうざいかもしれないなと思います。というところも含めて食べログじゃんとか言わないでね!!!!いくよ!!!!!!!!

 

1.6月にル・クロ・モンマルトル(飯田橋)

 留学中にお世話になった日本人の先生が帰国するということで、お食事に行くことになり、足を運びました。ワインのお好きな5、60代の先生なので、しっかりしたお店にしなきゃいけないんじゃないのかな!?でもそんなお店知らないしどうしよう!?!?!?とちょっと困っていたのですが、インターネットの憧れのお姉さんがいくつかお店を教えてくださり、そのなかからここを選びました。21歳の小娘なので、フレンチ!ドキ!!きんちょう!!!みたいな感じで、びくびくしながら予約をして、お店に向かいました。コースは4000円ほどのものからあり、この日は前菜とスープ、メイン、デザートとカフェがいただける5000円のコースを頼みました。これが物心がついてからはじめてのフレンチらしいフレンチだったのですが、すっごいめちゃおいしくてヒーッ!!!!!!!!となりました。すごい衝撃でした。ひとことでは何とも形容しがたい、かといって言葉を尽くしたところで言い現わせるわけでもない、もうほんとうに、なんともいえないのだがとにかくおいしいということだけがわかる味が、これまたなんといったらいいのかよくわからない見た目の物体からするという体験でした。すごい。おいしーい!それと、ウエイターのフランス人らしきスキンヘッドのおじさまがおちゃめでした。

 先生とはアメリカの学生の話や、就職活動の話をしてなんとか終えました。この先生には、留学先の大学の寮で食事が出ない間におうちにとめていただいたり、なにかと車を出していただいたり(そして車内ゲロをぶちかましたり)、すごくお世話になった先生なのですが、すこし、きむずかしいところがありました。しかし、お世話になったし、目上の方だしということで、謝意を示し、敬いたい気持ちは多量にあったので、何が失礼で何が普通なのかをそろりそろりと見極めながら(委縮しながら)会話をしていた面もあり、すこし、肩ひじを張っていたことを覚えています。ちなみに、そのときわたしは、おろしたてのオレンジ色が鮮やかな麻っぽい素材でできた、オフショルダーのワンピースをきていたのですが、けっこう、パターンがシンプルなものだったので、先生に、「じぶんでつくったの?」と言われ、すこしショックでした。あと、スープのビシソワーズをさっそくこぼしてしみにしてしまい、かえって慌てて洗ったのも記憶にあります。日本に帰ってきてまだ2週間頃で、梅雨で、夏が来そうで、なんかこれからむくむくいろんなことがおこるのかなーという気持ちで、神楽坂をかたかた下りながら思っていました。

 このお店には、これをふくめて、その年だけで3度も行っていて、とてもお気に入りです。9月に恋人と、11月に父と行き、そのたびやっぱりおいしいなあ~、感動だな~という気持ちになります。9月に恋人と行ったのは、わたしのお誕生日祝いでした。雨が降る平日で、お店には、わたしたちのほかは一組しかおりませんでした。しとしと雨に濡れる、窓の外の自販機をたまに眺めながら、おいしーい!これもおいしーい!とにこにこしながら食べました。ケーキ皿には、22歳のお誕生日おめでとう!とフランス語で書いてあって、あの、おちゃめなスキンヘッドのウエイターさんが運んできてくれました。ちなみにこの日きていた黒地に白の水玉の、襟の大きなクラシカルワンピースは、古着だったためか、色落ちがひどく、雨粒が染みたところから黒ずんでしまっていて、だめになってしまいました。かなしい。11月には、父が仕事で東京に来ていた折で、ごちそうしてもーらおっ!と思ったのと、ほんとにおいしいんだよー!ということを教えたくて、連れて行ってもらいました。おいしかったです。

 このお店でフランス料理というものがおいしいのだと知ってから、ちょっとしたときには似たような価格帯のフレンチに2、3回行ったりしたのですが、それでもここがやっぱりおいしいよなあ~と、いつも、思ってしまいます。インプリンティングでしょうか。でもおいし~い!と感じられて、そうして感じるのもまた楽しいのでいいやーと思っています。

 もっとお高いところに、いちど、連れて行っていただいたことがあるのですが、そこもまたすんげーしんじられないくらいおいしくて、料理をむしゃむしゃ食べる置物と化してしまうくらいだったので、自分でお金を稼げるようになったら、自分のお金で、また、行きたいなあと思っています。すんごいおいしかった……。おいしい……。

2.8月に喫茶マロン(青森市)

 わたしはりんごのくに、青森県出身で、たまに帰省したときに、高校生まではまったく興味がなかったゆえにほぼ開拓していない喫茶店を開拓するようにしています。ここは、青森市では有名な純喫茶で、壁中に時計や、駅名表が飾られている、レトロな雰囲気のお店です。ソファ席もあって、居心地もとても良いです。日本の中で、かなりの僻地に分類される場所だと思うのですが、行くと必ず、台湾人らしき観光客のひとがいて、すごいごつくてかっこいいカメラで内装を撮っています。ほかになにもないような街なのですが……。

  このお店は、ケーキが200円台からあってとっても安いのもいいです。帰省ののりものに疲れてだらだらしようとするわたしを、このお店をえさ(?)に、母がえいやっと連れ出してくれます。半年に1度帰るか帰らないかなので、このお店では、近況をえいやこらえいやこらと話して過ごします。

 3.10月に紅鹿舎(有楽町)

 10月、就職活動の合同説明会に学部の友人と参加したのち、立ち寄りました。ピザトースト発祥の地として有名なお店なのだとか。内装も純喫茶らしくレトロです。このお店の特筆すべき点のひとつは、めっちゃ死ぬほどメニューが多いということです。飲み物から食事からデザート(ケーキ・ヨーグルト・パフェ)までが、ポップ体がぎっちりの、なんともいえない香ばしいメニュー表に記されています。トーストは、ランチタイムなどでは、結構なボリュームのものが、サラダもついて800円くらいでいただけるので、コスパがよきな~とと思いました。ただ、店員さんは、なんかすごい、ぞんざいな感じがします。そこそこ混む店なので、なおさら、ぞんざいな感じがします。

 さて、一緒に行ったこの友人は、細身で、ベリーショートが似合って、白くて、ちょっとモードっぽい(けど高くないものでうまく合わせている)お洋服をきていて、マニキュアも丁寧に塗られている女の子で、学校で会うたび、そのいでたちを見ること自体がたのしみなひとです。彼女は、東京生まれ東京育ち港区在住で、わたしとは生きてきた環境が全く違うにんげんに思われるのですが、お母さまがわたしと同郷で、お盆や正月に帰ったりするとのことで、学校外ですくなくとも5回は会ったことがあるような、なんだかそんな程度には親しくなっていました。不思議。このお店も、前から気になっていたんだけど寄ってもいい?と聞かれて、連れて行ってもらいました。このときは、彼女から、東京に生まれたかしこい子供はみんな中学受験をして東京大学を目指すもので、でも、自分はなんかそういうのにちょっと反発っていうか、それをしたいとも思わなかったし……というような話を聞いて、がーんとなった記憶があります。片田舎の県立進学校では、東京大学をめざせることそのものが、とても名誉なことだったのになあ、と昔のことを思い出して、ふう、と思いました。あと、お会計の時、彼女が、四谷に好きなパーラーがあって、と話し始めたのですが、わたしはすこし嫌な予感がしました。「フクナガ?」と聞くと、彼女は、「そう!フクナガ」と答え、わたしはまたすこしがっかりしました。というのも、四谷三丁目にあるフルーツパーラーフクナガは、つい数か月前に、インターネットの憧れのお姉さんに、連れて行っていただいたお店で、くだものおいしい!!こんなお店があるんだあ、人がたくさん並んでいるしすごいなあ、素敵だなあ、と思っていたからです。そのお姉さんも、このお店には学生の時よく来ていたとおっしゃっていたので、なんだか、都会の人は、いいなあ、と、しみじみ、感じたことを、また、あらためて、実感させられたような気になりました。彼女は、わたしより歳がひとつしたで、あまり、アカデミアに興味がなくて、帰国子女で、英語がペラペラで、そして東京育ち。それを、すごく感じて、ひとりで、しょげて、がっかりして、うんざりしたような気持が、帰りの電車に揺られている間も、続いていました。彼女のことはとてもすきです。すごくはつらつとしていて、さっぱりとしたところが、まぶしい女の子で、いつも憧れと嫉妬まじりの気持ちを抱きながら、お昼を食べたりしています。

 ということで3つ挙げてみました。去年はほんとうにいろんなところに行けたし、いろんなひととお話ができたし、今までの自分からすると、けっこう活動したなあと思いました。うれしい。今年も、いろんなお店に行きたいです。紅茶が好きだ!!!!コーヒーはちょっと甘くても苦手だ!!!ということも自覚しだしたので、今年は紅茶やさんやアフタヌ~ンティ~などをたしなみたいと思います。ウフフ

言語学修士課程の院試を解いてみたよ!

 千代子です。寒いね!!!さいきんのわたしは毎日がんばって大学に通っています。11月に欠席を繰り返しすぎたため、出席を比較的厳しく取るタイプの授業群はあと一回でも欠席すると不可がつくというめちゃくちゃ厳しい雰囲気になっており、かなり必死です。はい。

 ということで授業に出て普通に言語学の勉強しているなかで、せっかく勉強してるんだしなんか書きたいなーと思ったので今回はゴリゴリの言語学の記事を書くぞ!以前も言語学という学問がどのような問題意識を持っているのか、具体的には何を対象としているのかといった記事を書きましたが、今回は具体的な大学院修士課程入学試験問題を取り上げて、言語学における専門用語を使った回答の記述を試みたいと思います。具体的なイメージがわいて、言語学に興味を持ってもらえたら嬉しいです。学部レベルの授業を大学で2年受けたくらいの知識で書くので(書けるので)、院試といえどそんなに死ぬほどムズイわけではないよ!安心してね!!では早速行くぞ!取り上げる問題は、九州大学大学院人文科学府修士課程の平成28年度第一期入学試験の問題になります*1 こちらからどうぞ!

 

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 上記のPDFファイルから一部抜粋しました。今回は第一問のみをとりあげたいと思います。

 まず問題を解く前に、基本的な知識や用語の説明をします。この問題は言語学のうちでもとくに音声学・音韻論の領域の問題であり、redupulicated form, 重複形はどのように作られるのか、その規則を記述せよとあります。重複形というのは、日本語だとひとびと、やまやま、まちまちといったように、単語の一部または全体を繰り返すことによってできた新しい単語(この場合では、名詞の複数形)のことを言います。問題のManan語では、形容詞を作るときにこの重複形を利用しているようですね。

 また、単語を記述しているアルファベットのようでアルファベットではないようなこの文字についてですが、これは国際音標文字(International Phonetic Alphabet, 略してIPA)で、人間言語に現れるすべての音に一つずつ文字が割り当てられています。人間言語の「音」を記述する際はこのIPAを使います。IPAのどの記号がどの音に対応しているのかについてはひとつひとつやっていると死ぬほど大変で長くなってしまうので、ここでは不正確ではありますが、問題を解くのにはあまり支障がないので、まあだいたい普通のアルファベットぽく読んでください。英語の辞書には発音記号としてIPAらしきものがIPAっぽく使われているので、まったくなじみがない!!!!ということもないでしょう。あと記号についてもう一点、それは時々文字の上についている「チョン」のことなのですが、これはアクセントを表しています。これも英語の辞書にも似た記述があるので見慣れているかな。Manan語はアクセント言語であるので、アクセントの位置がどのように決定されるのか、つまり重複形を作った時にどのように変化するのかについても記述が求められます。

 ということで具体的にデータを見ていきましょう。単語のどの部分がどのように重複しているのか、アクセントはどのように変化するのか、この二点に留意して眺めてみましょう。

 1:どの部分が重複するか?

  データ(1)(2)(6)(10)(13)(これらをデータA群としましょう)を見ると、単語全体を繰り返しているように思えますが、(3)(4)(5)(7)(8)(9)(データB群)を見るとどうやらそうではないようです。これらは単語のお尻のほうだけを繰り返していますね。(11)(12)(14)(15)(データC群)を見るとお尻のほうを繰り返したもの、とも一致していません。一部が失われているからです(ragogoからは、(3)のようにragogogogoが予測されますが、実際はgoがひとつすくないragogogoです)。

 それぞれの単語ごとに繰り返される部分が違うようですね。上記の記述はデータの特徴の整理にはなっていますが、回答は、これらに共通する一般的な法則を、なるべく細かい条件を付けずに説明したものになっていなければいけません。この規則を抽出するということが大切です。

 そのためにいくつかの専門用語と概念を導入します。

 データ群によって得られる重複形が異なるということで、それぞれのデータ群同士でPlain form,元の形の何が異なっているのかを見てみましょう。まずA群とB群の元の形比べるとなんとな~くA群のほうが単語の長さが短くて、B群のほうが長い感じがします。ということで、単語の"長さ"、あるいはその単位について表す用語を導入しましょう。

 Syllable、シラブル、という単語を聞いたことはありますか?日本語では音節といいます。この音節というのは人間言語一般に共有されている基本的な言語音声の単位となるものです。例えば、beautifulという単語は、beau-ti-ful の3音節の単語です。catという単語は1音節です。音節はさらに3つの部分に分かれていて、それぞれonset, nucleus, codaと呼ばれています。ものすごい雑な説明をすると、onsetは音節の頭のほうにある子音、nucleusは音節の中心にある母音、codaは音節のお尻にある子音のことです。catという音節はそれぞれに音がひとつずつありますね。人間言語一般に、どの音節もnucleusは持たなくてはなりませんが、onsetとcodaについては言語ごとに条件が違います。例えば英語では、beautifulの例などを見るとわかるように、onset・codaはいずれも任意の要素です。あってもなくてもいい。翻って日本語では、onsetは任意ですが、codaは限られた要素しか基本的には来られません(たとえば /n/(いわゆる「ん」)など)。onset, nucleus, codaのそれぞれの位置のどのような音が許される、あるいは許されないのかについても言語ごとに異なります。

 ながながと書きましたが、まあこの音節を単位にして使えば、単語の長い短いについて言及できそうですね。さっそくデータA群とB群の元の形の音節数を数えてみましょう。すると、A群の単語はすべて1~2音節、B群の単語はすべて3音節になっていることが分かります。ふんふん。

 ここでA群とB群に共通するような繰り返しの規則はどう記述できるか考えてみますと、「後ろから数えて2つ分の音節が繰り返される」というのはどうかしら?となります。だいたいあっているように見えます。しかし、A群のうちのそもそも音節が一つしかないもの((1)と(10))もありますし、B群のうち(5)(9)は後ろから数えて1つ分の音節しか繰り返されていません。結構例外が多いですね。困った。どうやら音節を単位として数えるとうまくいかないようです。

 ということでここでまた別の単位が登場します。それはモーラ(mora)です。これは音節構造をもとにしたもう一つ別の音を数える単位で、日本語母語話者にとってはむしろこちらのほうがなじみが深いでしょう。というのも、日本語はモーラカウントの言語だからです。

 といわれてもなんのこっちゃという話だと思うので、モーラの定義について説明します。モーラというのは、音節の”重さ”を数えるものだと言われます。長さじゃないんかい!!!という話なんですけど音節が”重い”と実際使われる音数が多くなるのでまあ長さと似たようなものだと思ってください……。で、この重さの数え方ですが、ひとつの音節について、nucleusにある母音が短母音でcodaに音が何もない場合(ちなみにcodaがない音節のことを開音節opne syllableといいます)の場合は重さ1、nucleusが長母音で開音節のばあいか、あるいは、nucleusが短母音でcodaがある場合(開音節でない場合)重さ2と数えます。わかりにくいですが、ひらがなを使うと一発でわかります。というのも、日本語のひらがなはこのモーラ1つあたりに一文字になっているのです。

 「おかあさん(okaasan)」を例にとりましょう。これを音節にわけると、"o-kaa-san"と三音節になります(日本語ではkはcodaに来られないのでこうなります)。でもひらがなでつづると5文字……つまり5モーラの単語であるということです。どうなっているかというと、第二音節の"kaa"は、長母音を含むので2モーラ分になっているのですね。ひらがなでは「かあ」と書かれます。第三音節の"san"には、codaとして"n"が含まれているので、こちらも2モーラ、実際「さん」とつづられています。ちなみにちいさいつ「っ」も1モーラ文です(ex.「にっぽん(nip-pon)」)。これでだいたいモーラは数えられるようになったのではないでしょうか!?雑なうえに駆け足でごめんよ!!!

 では、こんどはこのモーラを使って各データを眺めなおしましょう。

すると、先ほど例外として挙げたほとんどのデータ(A群の(10)のみを除いて)は、「後ろから数えて2つ分のモーラが繰り返される」とするときれいに説明できることになります。例えばデータ(5)の"sulum"は、音節にわけると"su-lum"、これをもとにモーラを数えると、第二音節にcodaがあるので、3モーラとなり、後ろの2モーラ分は"lu-m"が該当し、実際にこの部分が繰り返されています。いいね!ただA群の(10)はそれでもどうしようもないですね。うーん。でも先ほどに比べるとかなり例外が減ったので、音節ではなくモーラ基準で考えるのはある程度妥当性がありそうです。ひとまずここは先に進みましょう。

 さあやっとA群とB群の比較がいちおう落ち着きました。ここでわかったことをもとにつぎはC群を考えましょう。C群のデータの特徴は後ろから数えて2モーラ分繰り返されたものよりも、1モーラ分少ない形が重複形となっているところです。C群の元の形の、A群やB群との違いはなんでしょう?これは割とすぐわかりますね、後ろの2モーラが完全に同じモーラの繰り返しになっている点がC群のデータの特徴です。よって、A・B群と同じ規則で重複形を作ると、同じモーラが4つ連続してしまうわけです。1モーラ分削りたくなるのもなんとな~くわかるような気がしませんか?この現象(に類似する現象)として、重音省略(haplology)があります。これは、連続した2つの連続した同じ・あるいは似通った音節のうち一方が省略される現象のことを言います。まさにこれだ!!!!日本語にも例があり、「体育」なんかはもっともわかりやすい例のうちのひとつではないでしょうか?たいてい、「たいいく」、ではなく「たいく」、と皆さん発音しますよね。Manam語の重複形にもこの種のことが起こっていることが推測されます。とはいえ、Manam語では3連続まではOKっぽいのがちょっと難しいところ。とりあえず、先のルールに加えて、「繰り返される部分が同一の2モーラの連続の場合、重音省略が起こり、1モーラ分省略される」と記述しておくにとどめましょう。

 ということで、だいたいどの部分がどのように重複されるのかはわかりましたね(まだいくつか不明点は残りますが)!!!!次はアクセントがどのように付与されるかを見ていきましょう。

2:アクセントはどのように付与されるか

 アクセント付与の規則についてですが、Manam語のような強勢アクセント(どこを大きく、高く、長く発音するか)言語の場合、Footという概念を使うことでうまく説明できることがあります。また新しい概念が出てきた!!!!!ゆるしてくれ!!!!

 Footというのは、先ほど説明した音節やモーラよりももうひとつ大きな音の単位になります。フットというのは、一定の数の音節あるいはモーラをひとまとまりにしたもので、2音節あるいは2モーラで1組とするものが例が多いです。日本語は典型的に2モーラ1フットですね。略語とかがわかりやすいと思います。パソ-コンとか、ハイ-テクとか、けい-おん!とか。で、このフットをもとにいくつかの条件を組み合わせることで、アクセント付与の説明ができることがあります(最適性理論の枠組みになります、これめっちゃかっこいい理論なんですけどそれをはなすとまた長いので注釈見てくれ!!!*2

 まず、人間言語一般において、アクセントパターンには、要素が2つの時は、「強弱」と「弱強」の2パターンがあり、前者をTrochaic pattern、後者をIambic patternといいますが、①言語ごとにどちらなのか違ってきます。

 つぎに、フット形成について、②何音節・あるいはモーラで1フットなのかという基本的なルールが必要です。また、③1フットあたりの音節・あるいはモーラ数は厳守、なのか、あるいは④すべての音節あるいはモーラはフットに属さなければならないのか、といった条件(とその優先度)が言語ごとに違ってきます。 

 また、フットの数え方について、⑤語の頭(Align left)あるいは語の後ろ(Align right)から数えるのか も言語ごとに違ってきますし、⑥何番目のフットに主アクセントを付与するのか(語頭ならLeft most、語末ならRight most)でも違ってきます。

 以上上げた①~⑥の条件が、このManam語ではどうなっているのかを確定できれば、このアクセント付与がどのように行われているのかという問題に答えたことになります。なんか例とかもなしにがんがん6つも条件いってごめんね、これから具体的に見ていくので適当に読み飛ばす程度でいいよ!いくよ!

 さて、まずManam語は1フットあたり何モーラなのか(②)についてですが、さきほど「お尻の2モーラ分」とのことだったので2モーラ1フットが基準(つまりさきほどのルールも「2モーラ1フットカウントで、語末の1フットが繰り返される」と言い換えることができます)、お尻からフットを数えていることから⑤についてはAlign right、かつアクセントは全データにおいてお尻の1フット2モーラのうち(つまり⑥は語末のフットにアクセントを付与するということなのでRight mostとなります)1番目のモーラについているので強弱、つまり①についてはTrochaicアクセントであることがわかります。

 そして先ほど例外としてあげたA群のデータ(10)がここできいてきます。このデータでは1モーラしかないのに、それ自身が繰り返されて重複形ができあがっています。ここで③④の条件がどのようになっているかを確定できます。1フット2モーラである以上、奇数モーラの語では、フットを作ろうとすると、かならず1モーラ余ってしまうのですが、そのあまりの扱いについてが、この③と④で規定されます。このあまりのモーラについては、あまったのでフットにそもそも入れないという方法(フット内のモーラ数厳守ということで③にあたります)と、あまったけどフットに全部収めたいからモーラ数が足りてないけどむりやりフットにするという方法(こちらは④にあたります)の2通りの処理が可能です。これまでのデータとその説明との一貫性を保ったまま、データ(10)を説明しようとすると、どうやら、Manam語では③ではなく④のようです。(10)の"pi"は1モーラで通常の2モーラ1フットにはなれませんが、むりやりフットに収めるために、単独でフットとして扱われ、そこに「語末の1フットが繰り返される」というルールが適用され、"pipi"という重複形が得られるようです。

 まとめると、Manam語のアクセントは、

①基本パターン:強弱アクセント

②1フットあたり:2モーラ

③1フットあたりのモーラ数は:厳守されない

④すべてのモーラはフットに:属さなければならない

⑤フットを数えるときは:語末から

⑥アクセントを付与するフットは:語末フット

という風に記述されます。これでこの問1に答えたことになります。お疲れ様です!!!!!!だいたいこんな感じでまとめてみましょう。

 

「 Manam語は、モーラ基準の言語であり、1フットあたりモーラからなる。また、すべてのモーラはフットに属さなければならないため1モーラのみでもフットを形成することがある。加えて、フットは語末から形成される(Manam語における基本的な音韻ルールの説明)

 重複形は、基本的に語末の1フットが繰り返されて形成される。ただし、1フットが同一の2つのモーラから形成されるときは、重音省略が生じ、本来より1モーラ少ない形が重複形になる(重複形の形成についての説明)

 Manam語のアクセントは、強弱パターンであり、語末のフットに付与される(アクセント付与の説明)。」

 データを眺めていてなんとな~く感じた規則やルールも、専門用語を導入することでこのようにすっきり記述することができました。こんなにすっきりしているのにすべてのデータにあてはまる説明になっています。専門用語すご~~~い!!!

 ということで書いてみた!!!!もちろんわたしはまだまだ勉強中の身なのでこの答えや説明には不適切な部分が多々あるかと思いますが(あったら指摘してね!!!お願いします!!!!!!!とくに重音省略のくだりは不安です!!!!)、大筋ではだいたいあっているんじゃないかしら……と思います……。あっていなかったとしても、導入した概念について、なるほどにゃんね~言語学ではこういう枠組みで分析してるにゃんね~~~と思ってもらえたらうれしいです……。なんかちょっとどうしよう、ここまで誰も読んでくれてる気がしないぜ!!!!でも書けてよかったです……自分の勉強になりました……。ということでお疲れさまでした!!!!!!!!!!ここまで読んでくれた奇特な人はマジでありがとう!!!!!!!!!!

 また、もっと問題ときた~い、みてみた~いというひとは、上記の九州大学のHPにたくさん過去問がありますし、国際言語学オリンピックというのもあるので、そちらも要チェックだ!言語学オリンピックについては、のらんぶるさんというひとのこういう記事がとってもとってもおすすめだよ!言語学オリンピックは専門用語を使わない分もっととっつきやすかもしれないです。

nolimbre.hateblo.jp

 

またね!!!!!

*1:なぜ九州大学なのかというと、以前ふんわり院進学を志したことがあり、国立大学で言語学ができてかつ外国語の試験が英語のみのところないかにゃ~と調べていた時に見つけ、過去問もインターネットから入手できるしここ受けようかしらと考えたことがあったからです。

*2:最適性理論とは、それぞれの言語の音韻パターンの違いを、人間言語に共通な複数の音韻規則の種類と優先度の付け方の違いとしてとらえる理論。アクセント付与についても、下記に挙げる①~⑥の条件の優先度や内容を言語ごとにうまく調整することで説明ができます。ほかにも、借用語をどのように自分の言語の音体系に落とし込むかもこの最適性理論で説明できることが多いです。最適性理論は、すべての人間言語に共通のルール(原理・原則)を仮定することで言語の普遍性を、そのルールの優先度の違いで言語の多様性を説明しており、生成文法の考えと似ているのでわたしはすごく好きです。)

わたしとお人形~出会い編~

 現世への疲れからさいきんはうさちゃんとしてあらぶっている千代子です、めっきり冷え込んできましたが皆さんいかがお過ごしでしょうか。わたしは風邪をきちんと引きました。

 今回は「お人形」について書きたいと思います。お人形といってもさまざまな種類のものがあるのですが、ここでは1/6ドールのプーリップブライスを中心に、わたしのお人形歴とお人形の楽しみをね、紹介したいと思います。というのもアラサーのかれぴっぴが興味があるというのでとりあえず一着作らせてみたら結構楽しんでくれたこと、お人形のお写真をかわいいと言ってもらえたことなどが重なっていっちょお人形の記事でも書こうかな!??!?!?!?!!そういやブログあったし!!!!!!という気持ちになったからです!イエーイ!!

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わたしのお人形、プーリップ『パジャ』ちゃん

 わたしが「お人形」にはまったのは中学2年生の時、進学した学校がオタクが市民権を得ているタイプの学校だったためインターネット漬けまとめサイト育ちみたいな生活をしていた時のことです。当時、VIPではダイソーで販売されている「世界のお友達」(めっちゃ面白いからみんな是非読んでほしい。すごいぞ!!!)と題された体長10cm弱のちょっと成長したキューピーみたいな人形をアニメキャラに改造することが流行っていました。ローゼンメイデンハルヒが好きだったわたしは、アニメキャラの人形を一からつくるスレッドの数々にすっかり魅了されてしまったのです。これらのスレッドでは、買ってきた人形の髪をむしり、プリントされた顔を除光液で落とし、アイペイントを施し、キャラクター衣装をフェルトでつくり、髪の毛を植毛あるいは粘土で制作……(のちに知るのですが、これはお人形界隈では「カスタム」という作業で、その名の通りお人形の素体を自分好みに改造することを指します)そしてできあがるクオリティの高いかわいい(時にはおぞましい)お人形たち、まず初めに思ったことは「ほしい!売ってくれないかな~」ということでした。

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 「何番煎じかわからないけどシリーズ」の作者さんの作品が大好きでした。上記リンク先より転載しています。

 しかしもちろん売られているはずもなく、どうしてもどうしても欲しくなったわたしは「自力で作ろう!」と暇な中学生らしく思い立ち、材料を買いにダイソーに走ることになったのです。

 先ほど述べたすべての工程を見よう見まねでなんとかこなし、一心不乱に4、5体の人形を量産していくなかで、最も楽しかったのは衣装づくりでした。サイズが小さいうえフェルトなので縫い代も型紙もクソもない超簡易衣装ではあるのですが(実際、ほんとうは腕・腰が稼働するにもかかわらず、素体に沿ってフェルトを切り縫っていたので腕の可動域0みたいな服ばかり作っていました)、夢中になってギャザーを寄せたり、布を継ぎ合わせていました。

 さてそんな感じで素人なりに楽しくダイソー人形を改造していたのですが、サイズと素材の問題もあって作れる洋服のパターンが少なかったためにだんだん飽きてきたわたしは、「もっとおおきい、きれいなお人形が欲しいな~」と思うようになります。

 そこで見つけたのがプーリップ。人形改造スレ主のうちのひとりが、自ら改造した人形とともに、コラボプーリップローゼンメイデン水銀燈の写真を上げていたのです。

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こちら。ローゼンメイデンプーリップは過去に2度コラボしており、こちらは最初のバージョン。

 いわゆる巨頭ドール(文字通り頭の比率がべらぼうに高いお人形。プーリップのほかにブライスが有名。目もでかい)は正直苦手だったのですが、ローゼンメイデンシリーズは、お洋服のボリュームがかなりあったためにあまり気にならず、かわいい!という気持ちのほうが勝りました。かわいいよね!!?!?!?ローゼンメイデンでは翠星石が好きだったわたしは早速アマゾンをチェック。値段もはっきり覚えています、当時12600円、だいたい定価くらいで売られていました。お小遣い制ではなく申告制だったので、中学生のわたしにはどうあがいても買えそうもありませんでしたが、あまりにもほしくてレビューをすべて読み、お迎え(お人形を買って開封することをお人形界隈では「おむかえする」ということがある)画像・ブログを読み漁り、夢を膨らませて数日をすごしていました。そしてちょうど誕生日が近かったこともあり、父親におねだりすること。アマゾンって通販サイトに登録したらインターネットで買えるから!!!アマゾンは大きなちゃんとした通販サイトだしこんなにレビューもあるから怪しくないよ(当時はインターネットでブログを開く、サイトをやる、通販をするといったことに両親は謎の不信感を抱いているものだと思っていたので中学生なりにいかにアマゾンが安全かを説明した。ウケる)!!!!と必死に訴えていたことを思い出します。よくよく考えるとこれがアマゾンデビューだったようです。時代……。

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はじめてのお人形、前述したコラボドールの翠星石ちゃんです!!!オレンジメイクが死ぬほど似合っている。

 学校から帰って学習塾へ行く直前に届いたでっかい箱を開けるとそこには!!!!翠星石が!!!!かわいい!!!!!!箱に入った状態だと髪の毛がぴちーっと抑えられて梱包されているのですが、そんな姿でもかわいい……(プーリップブライスだと箱のままコレクションする人もいます)しかもでかいー(体長30cm)!!!!メイクもかわいいしリップつやつや!!!!と大興奮で開封したのが本当に懐かしい……。お人形を開封する瞬間は本当に楽しい……。もしこの記事を読んでお人形可愛い……と思った人はぜひ買ってほしい!プーリップはアマゾンなど大手通販サイトで比較的手に入りやすく、値段も安いと8000円から、定価でもだいたい15000円以下で買うことができるのでおすすめです。とりあえず気になった人はね!!!アマゾンで「プーリップ」で検索だ!!!結構アニメやロリータブランドともコラボしてるぞ!!!他にもアウトフィット(お洋服のこと)やメイク、髪型が凝っている、一体で物語を表しているような子が多いのでお気に入りがきっと見つかる!!!

 そうして箱から出して写真通り髪型や衣装を整えてひとしきり眺めた推した後、こんどはわたしはこの子にもお洋服を作って着せ替えるぞ!!!!と型紙本を探し出しました。ダイソー人形は一体につき一着完全固定だったのでお洋服を作ろうと思ったら素体からいじらないといけないのが原因で飽きたこともあって、着せ替え可能なサイズのお人形を求めていたのでね!プーリップのボディは27cmでジェニーちゃん人形(リカちゃん人形をちょっとお姉さんにしたような塩ビ製人形)とボディサイズが同じであること、「わたしのドールブック」シリーズがよいことなどをインターネッツで調べ、アマゾンで早速本を注文。はじめて買ったドール服本がこちら。

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 ロリータ系のクラシカルな型紙が充実していて初心者でもアレンジしやすいものが多いので激おすすめの一冊です。わたしはそれまで、洋裁などをまったく知らないアホな中学生だったのですが、この本は薄さのわりに作り方が丁寧で詳細だったのでなんとかそれっぽいものを作ることができました。今思うとゴミクズのような服だったのですが(初期はすべて手縫いでやっていたし、型紙の移し方などに子供っぽい雑さがあふれていてがたがただった)、平面の布から切り出したパーツを縫い合わせると立体になる過程や、実際にお人形に着せてみたときの感動にやみつきになり、飽きもせず次はこの型紙、その次はこれ、と作りまくっていました。

 そんなこんなで、わたしは極度の飽き性、熱しやすく冷めやすいの典型を行く人間でありながら、縫物だけはそのころから細く長く、もう10年近く続いている趣味になります。途中から初心者向けの洋裁本を買い足したり、ミシンを引っ張り出して使いだしたりしながら、よりクオリティの高いものを、と思いながら試行錯誤するのはとても楽しいことでした。お人形も、プーリップを数体そろえ、今度は同じ巨頭ドールのブライスにはまり、いつかは自分のお金で60cmほどある球体関節人形スーパードルフィーを買いたいなあといまだに思っています(フルチョイスカスタムでオリジナルドールを頼むと8万円ほどする)。また、18,9あたりからおしゃれにはまりお洋服全般を好きになった今では、自分のお洋服も自作したいなあといくつか本を買って準備している状態です。アイドル衣装やコスプレにも興味がありますし、まだまだお人形・お洋服を、楽しみたい!という気持ちでいっぱいだぜ!みんなも一緒に作ろうよ!!!、な千代子でした。

 

 ということなのですがさてお人形には興味を持ってもらえたかな!??!?!?今回は出会い編をお送りいたしましたが、次回は実践編、もっとくわしくドールの種類や特徴、ドール本を紹介したいと思っています!!!!ぜひお楽しみに!!!!!いえい!!!!!あと次までにアフィリエイトリンク貼れるようになんとかします!!!なんか登録しないと貼れないんだね……めんどくさいですががんばります!!!!!

留学先で受けた言語学の授業を紹介するよ!

 はい千代子です。今回は好きなものっていうかいま大学で一応勉強していて好きだな~って思っている言語学についての記事です!いえい!留学先で受けた言語学の授業について、言語学という学問自体の説明も交えながら紹介していきたいと思います。言語学って何?海外の大学の授業ってどんな感じ?といったひとびとにはぜひ読んで参考にしていただきたい。言語学徒のみなさまにおかれましては、不適切な表現などがありましたら遠慮なくばかすか指摘してください!!!コメント大歓迎でござる。それでは行くぞ!今回も長いぞ!

アメリカの授業一般について

 さてアメリカでは……って言おうとしたけどアメリカの大学は学期制度からして2学期制(セメスター制。日本のものと似ている)と4学期制(クオーター制。日本でいうところの1学期がさらに半分になる)とがあり、一概に全部こうだ!!!っていうのはわたしには言えないので、とりあえず自分の留学先のことについて書くよ。

 わたしの留学先の大学はセメスター制を取っていて、週50分の授業で1単位になっており、1つのクラスにつきだいたい週に3回50分/2回75分の授業で3単位になっています。同じ科目の授業を週に複数回取るのがふつうだよ!これはアメリカの大学全体に言えることだと思います。日本みたいに1つの科目につき週1回、というのはほとんどなくて、あったとしても1日に3時間とか4時間とかぶっつづけであって合計3,4単位みたいな無茶すぎるスケジュールになるらしいです。*1 そして1学期あたり最低でも12単位、つまり4クラス分を履修しなければフルタイムの学生としてみなされません。この大学は卒業に必要な単位が全部で120単位らしいので、だいたい1学期あたり15単位ずつコンスタントにとっていくと4年で卒業できる計算ですね。学期当たり12~15単位を履修する人が多いそうです。そして学期当たり最大では18単位登録することができます。

 そしてクラスのレベルはタイトルに振ってある番号で大体わかります。クラスごとに科目を表す英文字と3桁か4桁の番号が振られていて、この数字が大きければ大きいほど難しいレベルのクラスになります。たとえばこれから紹介する私のクラスのうちLING143"Phonology(音韻論)"は、LINGuistics(言語学)学部提供の授業で、100番台なので学部レベル、LING243"Sem Syntax (統語論ゼミ)"は200番台なのでマスター(修士)レベルということになります。っていうこれはわたしの大学に独特なナンバリングで、もっと一般的なナンバリングとしては100番台は学部1年、200番台は学部2年……500番台は修士1年、と言った感じで百の位の番号と学年レベル(大学在籍年数)が比例する感じのものになります。大学自体のレベルもありますが、だいたいこの番号を参考にして履修を考えるといいと思いまする。ってかなに履修していいかわかんなかったら受け入れ先大学で所属する予定の学部の先生や受けようと思っている授業の担当教授に自分のバックグランドと学びたいことを話してアドバイスを仰ぐのが一番確実だと思います。ひとにきこう!!!実際に知っている人から聞くと一発だ!!!

2016年春学期にわたしが履修したクラス

① LING 142 Phonology (音韻論)

授業の概要:

 言語学の基礎分野の二大巨頭(今考えた言いまわし)のうちのPhonetics・Phonology(音声学・音韻論)、のうちの特にPhonologyの学部レベルの網羅的なクラス。人間言語はすべからく音声としてのかたちを有しているので(文字体系のない言語はあっても音声として現れない言語はないよ!*2)、その音(発音)が時代が進むにつれてどのように変化するのか、あるいは他の言語から語を借用する(日本語でいうところの外来語)際にはどのような変化があるのか、それぞれの言語間での音素(意味の変化を起こす最小の音の単位。英語ではrとlの違いは意味の違いを起こしますが("right"と"light")、日本語では「りす」を"risu"といおうと"lisu"いおうと、ちっさくて茶色くてカリフォルニアにはあちこちで見かけるあの小動物を意味するわけです。)の違いなどを分析したりそのルールを探ります。Phoneticsになるともっと物理寄りで、録音した音声言語の波形をみてああだこうだやります。Phonologyは前述したとおりどういう風に音が認知されていくか、どのように変化していくかに主眼を置いた分野ですが、Phoneticsは実際の物理現象としての言語音声を解析する分野になっております。はい。

評価:

 えーっとでこのクラスでは、出席はとくに取られず、評価の40%が10ページ上限の期末レポート、20%が5回ある宿題、20%が中間試験、残り20%が期末試験によってなされます。75分の授業が週2回で3単位でござる!宿題は教科書(先生お手製のファイルが入ったCD-ROMを買わされる)についてる練習問題を3、4問とくくらいで正直簡単である。試験も簡単である。事前に数時間復習していればオールオッケーでござる。

教授やクラスの雰囲気:

 日本で音声学とか音韻論を受けると日本語にまつわる問題、アクセントとか母音の無声化とか連濁とかがよく取り上げられるのかなと思いますが(全学共通の入門的なものしか受けたことないので専門のクラスでは違うのかなとも思いますが)、英語はもちろんヨーロッパ、アフリカ、アジア、あらゆるところのあらゆる言語の例がでてくるのでおもしろかったです。日本語や英語にはない要素を音素として採用していたりして、かなり物珍しく勉強になりました。先生はとても誠実で音韻論が本当にお好きなんだなあという感じのするひとで、学生の質問にもひとつひとつかなり丁寧に応じてくれていました。専門外のひとの質問というのは、その分野の枠組みができていない中でなされるので往々にして専門の枠組みを知っている人からすると答えにくいものだとつねづね感じているのですが、この先生はどんなに細かくて身近な例の話でも、さまざまな論文、事例を出してあらゆる角度から説明を試みてくれますし、なにより「そんなことをきくな」「そんなことに拘泥するなんて馬鹿だ」といった態度が一切ないので素晴らしいなあといつも感じていました。けど正直わたしは音関係の分野にあまり興味がないのでこの授業は出席が割とちょっと苦痛でした。すまん。

②LING 153 Psycholinguistics(心理言語学

授業の概要:

 言語学の中でも周辺分野とされる、とくに言語教育方面との結びつきの強いPsycholinguistics(心理言語学)の学部レベルの網羅的なクラス。心理言語学というのは言語獲得はどのようなメカニズムでなされるのか、第二言語の習得は容易なのか、どのような第二言語教育が適切なのか、人間はどのようなメカニズムで文章を理解し、算出するのか、といった心理学のうちでもとくに言語にまつわる内容を仮説をたてて実験をしてあーだこーだいう分野です(心理言語学のひとごめんなさい)。心理言語学においてよく主題になるものの提示→それぞれの主題・命題に対する仮説→それを示す・あるいは反証するような実験の手法と結果→その実験結果の解釈、といった流れを延々繰り返します。

評価:

 授業の三分の一以上の欠席で自動的に不可がつき、四分の一以上の欠席で自動的に本来の成績より1段階ひくい成績をつけられるというわりと出席をみられる授業。2週間に一度くらい、指定されたチャプターを事前に読み、特に興味を持った部分について要約したり自分の意見を述べたものを300~400wordで書くというReading Responseという課題が10回ほど課され、これが全部で全評価の50%を占めます。出せばだいたい満点くれます。あとチャプター全部読まなくても適当に興味ある見出しのとこだけ読んでも書けますので1回あたり3時間あれば確実に足ります。またオンラインで受験する(よって教科書・インターネット使用可)中間と期末の試験がそれぞれ12.5%ずつを占めます。範囲がやたら広いですが、事前に勉強しておくべき点も教えてもらえるし、事前に5、6時間復習しとけばインターネットも使えるしで余裕でござる。のこりの25%は自分で計画した実験のプレゼン・レポートです。一番つらい課題である。実験をするとなったら事前に被験者にお願いしてデータを取って分析をしてと突貫工事ができないからである。ああ~~~。先生から実験の手順や組み立て方に関してもほぼなんの説明もなく丸投げ状態なので実験を課す授業をしたことがないひとにはつらかろう。

教授・クラスの雰囲気:

 使った教科書が事典みたいな網羅的なものになっており、それをひたすら先生が説明する感じの授業でこの学部で受けた授業のうちでもっともつまらなかったです!!!!!もともと心理学や教育方面へはまったく興味がなかったのでさらに苦痛だった。うんち。教科書に書いてあることしか先生が言わないのでなら家で教科書自分で読みます、となる典型的な授業だったにもかかわらず無駄に出席をとるので(講義系のクラスでこのクラス以外に出席が加味される授業などなかったぞ!?!?)、わたしは死にそうになりながら出席しては置物化していました。学部レベルなこともあり学生もあんまり言語学ゴリゴリやってるような感じしないひとが多かった。先生はやさしくはあったし意欲的でもあったけど、網羅的教科書の内容をべらべら話すのは限界があるだろうよ……実験をさせてその評価の方法を学ばせたいならもうちょっと演習的な要素を入れるべきだろうと思いました。はい。っていうか個人的に基礎分野でない言語学にはあんまり興味が持てない(社会言語学とか応用言語学とか)。

 ちなみに教科書はこれでござる。厚い。

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③LING 243 Sem Syntax (統語論ゼミ)

授業の概要:

 はいきましたSyntax、統語論です!!!わたしが最も好きな分野です!!!イエーイ!!!言語学の基礎分野における二大巨頭のもう片方がこの統語論でござる。いわゆる文法、文構造の分析をします。人種に関わらず生まれ育った言語環境によって習得する言語が決まることや(両親が日本人でも、アメリカで生まれ育てば英語が母語になりうる)、赤ちゃんの言語獲得のメカニズムを考えた際、言語を理解し算出するためのメカニズムや枠組みがある程度生得的に与えられているとせざるを得ないこと(「刺激の貧困」問題*3)、ピジンクレオール*4などから、人間言語は、表面の構造こそそれぞれすんごい異なって見えるけど、やっぱり「人間」言語であるからには普遍的な構造やルールがあるはずだ!!!という見方にのっとり、統語論では普遍的な文構造(Universal Grammar)はいかなるものか!?ということの解明を目指して、さまざまな言語データを用いて、「仮説!検証!修正!」「仮説!検証!修正!」を繰り返してく超めっちゃ科学的な分野でございます。どうだおもしろそうだろう!!!!!きみも統語論をやろう!!!!!

 そしてこのクラスは院生レベルになっており、統語論の中でも最新の枠組みかつ割とマジョリティな枠組みであるMinimalism Programにのっとった分析を学びます。あのものを持たないで暮らそうぜっていうミニマリズムとは全然違うよ(ボケてみたよ!)!Pre-requisitのクラスとしては学部レベルの統語論があり(ここでは初期の枠組みのPrinciple & Parameterにのっとった分析をやりました) 、わたしは前学期に履修済みでしたので学部生でしたが受けさせてもらえました。イエーイ。日本でも入門的なクラスは2つ受けていたこともあり(初期の枠組みであるTransformational Grammar, P&P, Binding Theoryなどを扱ったものと、LFGという行列をつかった数理的な記述をする枠組みのもの)、授業内容は難しすぎることもなく簡単すぎることもなくとてもよいレベルでした。がんがんTree(樹形図)を書きます。

評価:

 全評価の60%が計8回ある宿題によってなされます。授業を聞いて丁寧に出せばだいたい満点がきます。授業を聞いていれば大丈夫。15%がリアクションペーパーで、チョムスキーという言語学に科学的な手法を持ち込んだ第一人者のスピーチだかなんかの動画を1つと、2つあとなんか記事を読んで普遍文法に関する議論を4,5ページぐらいの長さで書きます。なんだこれいまシラバス確認したけど2つもリーディングあるの???動画だけだと思ってた……。はい。のこりの25%はMinimalismの枠組みを用いてデータを分析してねってやつです。これは何枚書けばいいんだ……リアクションペーパーが以外に重くて困惑しています。うんちです。

教授・クラスの雰囲気:

 ほぼ修士の学生。2人優秀でおもしろい質問をするひとがいて、ふむふむと思って聞いています。授業はわりと早め。教科書にのっとってはいるが、要点をかいつまんでさら~っと流すので議論の流れや概念の導入の動機・正当性などについては自分で教科書読んでねというスタンス。授業ではTreeの書き方を主にやる。学生に書かせている間も教授はちゃんとクラスを見て回っていて(10人強のクラスということもあり)、つまづいているっぽいひとには丁寧に説明をしてくれる。こまめに質問はない?と聞いてくれるのでわたしもほかの学生もTreeの書き方から理論自体に関する質問、英語以外の言語の扱い方などを質問しやすい。丁寧に答えてくれるし参考となる論文を教えてくれたりあとでアップしてくれるのでうれしい。この先生も統語論がとても好きでかつ学生の面倒見もよく、わたしは一番好きな先生です。日本に帰国したら国際教養学士を取る予定ですっつったら"What a useless degree!"っていったのもこの教授です。好き。ラブ。あと授業内容のレベルがいい感じにチャレンジングなので!!!うん。でも提出物の体裁に細かいからいろいろ点をひかれて悲しい思いをしています。うう。

 ちなみに教科書はこれだよ!授業中、しばしば「Adgerはこういってるけどわたしは違うとおもうよ」っていう先生の注釈が入っておもしろい。

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④ LING 249 FIeild Methods

授業の概要:

 実践的なフィールドワークの院生レベルの授業。これの学部生版は類型論で、これも前学期に履修済みだったので登録させてもらえました。ウェイウェイ。ネイティブアメリカンの言語のネイティブを読んでひたすらデータを聞き取るという授業です。「りんご、はなんと言いますか?」「その男はりんごを食べた、はなんと言いますか?」といったことを延々聞いて書きとるよ!そして音韻論・形態論*5統語論、それぞれの領域で分析をして、最終的にすきなトピックでその言語についてのレポートを書いて完成させるという授業です。

評価:

 授業の性質上、出席しデータを蓄積しないことには課題が全くできないので休めない授業。学校に行くのが苦手なわたしにしては珍しく全部でた!!!ドヤ。出席・参加で10%、データ・ノート提出で10%、音韻・形態・統語的分析の中間ペーパーが各10%ずつ、そして期末のレポートが50%を占めます。正直労力のわりに中間ペーパーのウェイトが低いので悲しい限りである。っていうかもう中間ペーパーわりと頑張って書いたし期末何書けばいいんだよ……という気持ちでいっぱいです。がんばります。あと地味にデータを打ち込んで整理するのが面倒くさくて泣いている。誰か表の作り方教えてください。

教授・クラスの雰囲気

 統語論のクラスと同じ教授です!好き!!学生がそれぞれ仮説をもったうえでネイティブスピーカーに質問をし検証ができるので、とてもよい経験・練習になったなあと思います。後半は学生が発言する機会が多く、これはこうなんじゃないかとか話し合いもできてよかったです。あと院生レベルだからなのか留学生が超多くて英語下手でもまあいいやと思えてわたしも一番発言ができたクラスです。あと体裁に細かい!!!もう!!!所属学部のWritingの授業はとてもレベルが高くて面白かったけどもっとこう数理的な評の入れ方も指導してほしかった……。さすがに院生レベルのクラスなのでそんなの書き方ならってないよ!!!おれは悪くない!!!とか言えないよなと最近は覚悟を決めて表ちゃんと作ろう……と思っています……。ウッ。

 

 はい!ということでアメリカの授業の履修一般についてと、わたしが今学期履修したクラス(と言語学)の紹介でした。すげえ長くなってしまった。いえ~~~~い。何かの参考になったり、おもれ~って思ってくれたらうれしいです!ばいび!

 

 

 

*1:そんなスケジュールを組むなんてにんげんとしてだいじょうぶなのでしょうか。わたしは絶対受けたくないね!

*2:手話はまた別だよ!ちなみに手話も立派な言語だよ!

*3: 赤ちゃんがさらされる言語環境には、いい間違いや言いよどみを多数に含んだ発言が含まれており、かつ、こういう物言いは非文法的だよといった指導も受けることはめったにないので、見聞きした文の蓄積だけでは「無限の文章の理解と算出を可能にするべき文法がどういう構造か」ということを確定することができないという言語獲得上の問題のこと。"1,2,3,4,...."の数列の続きは?と聞かれたときに、"1,2,3,4,10,20,30,40,100,..."とか"1,2,3,4,3,2,1,2,3..."といったような可能性を完全には排除できないために、このような問題提示をされた場合、条件が不十分で"1,2,3,4,5,6,7,8,...."と断じることは必ずしもできないという、『数学ガール』という作品でミルカさんが言ってた話が近いなって思っています。

*4:ピジンとは母語が異なる人々が必要に駆られて生み出した人間言語としては文法構造において未熟なことばのこと。主に昔のプランテーションにおいて、母語の異なる労働者が、なんとか仕事を進めていくために単語だけを支配的な(社会的にだよ!この例だとだいたい英語だよ!)言語から借りてつくりだしたものをいいます。"Long time no see"もピジン発と言われていますね。んで、おもしろいのは、このピジンを聞いてそだった労働者のこどもたちは、これに文法機能を組み込んで、きちんとした文法構造をもった人間言語に進化させてくれるんです。すごい!!!つまり大人や周りのことばから学んだ、というわけではなく、もともと人間の脳には、言語を理解するための雛形みたいなものがあって、特に子供の時に活性化しているのだ、ということが言えるのです。

*5:語レベルでの言語の分析。接頭辞や接尾辞、その文法的・語彙的役割を考える領域